1973年4月4日、クイーンズ区(Queens,NY)に生まれる。本名:ケリー・シェレル・プライス(Kelly Cherelle Price)。地元の教会でゴスペルを歌って育ち、その喉を鍛え上げた。
長年、マライア・キャリー(Mariah Carey)のヴォーカル指導を担当。92年にマライアの『MTV Unplugged』でバック・ボーカルを務めた[*1]ことを期に、アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)、ブランディ(Brandy)らと競演。フェイス・エヴァンス(Faith Evans)、R.ケリー(R.Kelly)のバック・ヴォーカルなど、ひっぱりだこになる。ノートリアス・B.I.G.(The Notorious B.I.G.)と競演した「Mo Money Mo Problems」が全米チャートを制したことによりその名を全国区となった。
1997年にアイランド・ブラックと契約。ロナルド・アイズレー(Ronald Isley)のサポートによる1st『Soul Of A Woman』は、シングル「Friend Of Mine」がR&Bチャート1位、全米12位を記録するなどのヒットとなり、プラチナム(100万枚超)となった。99年、ホイットニー(Whitney Houston)&フェイス・エヴァンスと組んだ「Heartbreak Hotel」はR&Bチャート1位、全米2位を記録し、その年のグラミーにノミネートされる。
翌2000年、デフ・ソウルへ移籍。2nd『Mirror Mirror』をリリースし、アルバム自体が全米5位、これまたプラチナムに輝く。また、シングル「You Should've Told Me」はグラミーにもノミネートされた。
クリスマスアルバムを挟んでの4th『Priceless』は、ルーツといえるゴスペル作。R&Bチャートでは9位止まりだったが、ゴスペル・チャートでは首位を獲得。さらに09年にはSWVのココ(Cheryl“Coko”Clemons)のソロ・ゴスペル作にゲストで参加し、「Oh Mary」を歌った。同年、デボラ・コックス(Deborah Cox)、タミア(Tamia)とともにクイーン・プロジェクト(The Queen Project)を結成。2010年にはシングル「Queen」もリリースしたが、結局アルバムは届けられなかった。
しかし、彼女の創作意欲は失われることはなかった。2011年にはミント・コンディション(Mint Condition)のストークリー(Stokley)を迎え、シングル「Not My Daddy」[*2]をリリース。さらに6th『Kelly』もリリースされている。
3年後の14年には、おそらく3部作であろう7th『Sing Pray Love, Vol. 1: Sing』を届けてくれた。シングル「It's My Time」はアダルトR&Bチャートで4位を記録している。アルバムのタイトルから、次作はゴスペル、次々作は愛をテーマにした作品であることは間違いない。しかし、16年に私生活で大きな変化(離婚)[*3]があったことが影響したと考えられるが、3部作は頓挫してしまう。
21年に久しぶりの新作、ゴスペル要素が強いEP「Grace」[*4]をリリース。以降、ゴスペル寄りのライブ活動やTV出演などで活躍している。
(2006.01.09/2011.04.24/2015.01.01/2026.03.12)
[*1]日本で一番有名なのは「All I Want for Christmas Is You」。パワフルな声でマライアを支えた。
[*2]ストークリーのナヨ声とケリーのストロング・ヴォーカルが溶け合った、双方の長所を活かした名曲。
[*3]22年には年下の男性と再婚している。
[*4]ゴスペル要素が強いと言いながらも、1曲目は「Dance Party」という楽曲。PVではケリーが踊っている。









